今日の思い 18 「教育の意味って?」
私は子供の頃から、教育って?、全部が?、というか、ほとんどが、何か実際に役立つ事は少ないようで、本当に意味のあることなのかなあ?、なんて、ちらほら疑問に思っていた反面、非常に学業成績の良い少年でもあった。
実際、大人になって、まあ、仕事柄にもよるだろうが、習ったことが直接的に役立っているかなあ?、と私的に思えることは、住所氏名を書けるだけの、漢字能力と、足し算・引き算くらいだ。
それと、テレビとかのニュース番組とかで言ってることが、すべて分かる、国語・社会科能力かな?、、、まあ、私は理数系が得意だったけど、、、
まあ、今はパソコンに頼っているせいで、簡単な漢字も書けなくなっているし、足し算・引き算も携帯でやったほうが確実だし、、、。
かといって、そういう能力が低くなっている私が、認知症ぎみになっているわけでもない。
でも、少しは、うん、もうちょっとは、脳を鍛えた方が良いのかもね?、、、
今日も、中学生の男の子との雑談の中で出た、『劇団』、という字が書けなくて、彼に教わったとかいう次第だ。
まあ、『劇』、は多少、難しめ?な漢字だとしても、私は、『正確に』、の、『確』、を忘れた時もあるほど、ひどい。
でも、それで困ることはない。生徒さんに聞けば良いことだし、少し恥を掻けばいいことだ。
いや、しかし、今の私はそれを、『恥』、とも思ってないみたいだ。うん、それは逆に、恥ずべきことなのか?、それすらも確定しづらい精神機能の有様だ。
あっ!、いちおう、そのことについても、私は別に悩んではいません。
今の私は、楽譜や曲を分析しながら、生徒さんの演奏を聴き、どこの弾き方やリズムが悪いのか?、等の見分け、指摘・指導する力が、人一倍、長けてるような気がします。
まあ、ここが私の職業にとって、一番大事なことなのでしょうし、そう、だから皆さん、噂等を聞きつけ、集まってくれているのだと思います。
さて、今日、前から気になっていたのは、私の部屋のカーテンレールの止めるピンが、布がほつれてしまって、すぐ抜けて、カーテンがちゃんと閉まらない!、っていう点だ。
そこで最初は、面倒臭いので、100均で、『強力両面テープ』、みたいなのを買ってきて試してみたが、すぐに剥がれてしまった。
よって、最終手段で、これまた100均で、『裁縫セット』、を買ってみた。
そういえば、小学校の時、家庭科の授業で、『家にあるタオルで、今日教えた縫い方で、雑巾を縫ってくるように!』、と言われ、翌日縫って行ったら、私だけ放課後、先生に呼ばれ、『アキラくん?、これ、お母さんにやってもらったでしょう?、上手すぎるわよ!』って、疑われたこともあった。
私はそういう、なんでも器用に出来る子だった。
今でも、私が弾いた曲を生徒さんに送ると、『これは先生の演奏ではなく、プロのCDとかではないですか?』、なんて言われることもしばしば、、、。
『失礼な!、少なくとも、このプロよりは上手いわい!』、なんて、心の中で思ったりもするけど、『いかんいかん!、それは、(奢り)というもの、、、』、なんてまた、心の中で制止したり、、、。
ああ、なんか話が逸れてしまったけど、裁縫は、正直、やり方を覚えているか、不安だった。
でも、いざ、やってみると、けっこう覚えてて、まあ、糸が短かったのと、私の雑な性格とで、全然、荒い出来だけど、なんとか上手くいったのだった。
ちゃんとカーテンが閉まるようになって、うれしい。
当時、確か、家庭科なんて?、って思ってたかもしれないが、ここで役立ったのだった。
まあ、今回は偶然、実際的な役に立ったが、数学とかの、微分積分だっけ?、そんなのは普通、実生活には何の役にも立たない人が、ほとんどだと思うが、いろんな学問を幅広く勉強することで、短絡的な考えに陥ったりすることを避け、柔軟な発想力や、知能形成を育む助けにはなると思う。
うん、何事も勉強・修行ですかなあ?、、、