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橋本  明

14歳からギターを始める。 16歳からロックバンドを始める。 18歳からヤマハ系の講師や、のちにプロとなったミュージシャン達とバンドを結成、数々のコンテストで賞を得る。 25歳 大分市の河合楽器エレキギター教室の創設者となる。 すぐにアコースティックギター講師も兼任。 同時にピアノの先生等のDTM(コンピューター音楽)講師も勤める。 35歳 河合楽器を退社し、36歳、古い一軒家を借りてアキラギター教室を開く。 一時期、全国のカラオケ配信のMIDI制作業務も兼任する。 現在は畑中(奥田)教室に移転。   写真は23歳くらいの頃の、ステージの時のもの。

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2016年2月17日 (水)

音楽回顧録 10 {初めての合奏}

公民館事件(笑)の後、音楽仲間は皆さすがにコンサートを開く機会は見いだせないでいた。typhoon

 

時々は友達の家に行ったりして、それぞれの持ち曲を弾きあったりしたが、一緒に同じ曲を弾くという感じではなかった。chickpenguin

 

だんだんプロの曲よりも皆、オリジナル曲が増えていった。カセットテープに録音して、仲間内で回して批評しあったりした。

 

学校は通常、アコギを持っていくのは禁止だった。音楽教室にガットギターがあって、それを弾くのは許された。昼休みになると、毎日音楽教室に行って弾いた。dog

 

の頃は井上陽水の{氷の世界}のイントロが好きで、エレキのパートだがリード(リフ)が少し弾けるようになっていた。リードを弾くと周りのみんなのウケが非常に良かった。happy01

 

楽譜はなぜかもともと読めたので、音楽の教科書のピアノパートの伴奏など、ギターで弾ける範囲で弾いて楽しんでると、音楽の男性のO先生がたまたま通りがかって、

 

「アキラ君、スゴイじゃないか!今度、〇〇って曲をピアノに合わせて弾こうよ。練習しといて!sun

 

それからずっと音楽の時間は、いろんな曲を私のギターとO先生のピアノの合奏で皆が歌うnote、という授業が続いた。

 

O先生はそのように大らかな人で、アンサンブルや伴奏する楽しさを自然に教えてくれた。sun